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最終的な志は、世界中に士心のような志ある人々が集う拠点を創り、戦争に繋がる現地の貧困や環境問題等の解決に協力し、自分の生まれた土地と地球全体を愛する愛地心を持った地球人・和のリーダー達が敵対する国家を繋げ、各地の文化や自治を認め、国家ではなく、人類一人一人や自然の安全を保障する一つの地球政府を創設する事。

浜村 知成

1982年 スサノオノミコトの終焉地と言われる島根県出雲市須佐で生まれる。 現在32歳幼少時代から「戦争の無い平和な世界を創る」事を生涯の志とする。高校時代には「平和について」という題で弁論大会に出場、国連の限界と地球が一つの共同体になる必要性を訴える。
2004年 同志社大学経済学部卒 環境経済学専攻「戦争と環境破壊」について研究・19歳の時にインドのマザーハウスでボランティアをする。
・中国の三国志史跡を訪ねて、内陸部を一か月間旅する。
・アメリカ大陸を車で一周
2005年 英国ブラッドフォード大学平和学部 大学院
国連改革と世界連邦政府の可能性を修士論文で纏め上げる。
・エジプトのオアシスを巡る旅
・ヨーロッパからイランとパキスタンを経て、 インド・ネパール・ヒマラヤ山脈を越え、チベットから上海迄帰るユーラシア大陸横断。
2007年 住友商事グループ 電力プラントEPC三部  海外営業
資源が原因による戦争を減らすために、日本の環境技術を世界に売り込むために就職。
・スポンサーをしているウガンダの少年に会いに行き、孤児院を巡る
・退職後、バングラデシュのグラミン銀行でマイクロファイナンスとソーシャルビジネスを1か月半、妻と学ぶ。ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌスに会う。
・カンボジアのごみ山や孤児院を巡る。
・桂浜の龍馬像の前と出雲大社で結婚式を挙げる。龍馬の命日に入籍。
2011年 ユニバーサルピース株式会社創業
京都に移住し、「戦争の無い平和な世界を創る」という企業理念の会社(ユニバーサルピース株式会社)と、戦争の最初の起源である「食」と戦争予防の力がある文化(日本文化)の「ソフトパワー」、平和を究極の理想とする「武(ほこどめ)」の武士道精神の3つの理念を軸にした、世のため人のためを想う志ある人々が集う士心 SHI-SHIN Samurai Café&Barを2011年5月末に立ち上げる。
2013年
4月より
同志社大学総合政策学部 ソーシャルイノベーションコースの博士課程後期(Doctor)として士心をケーススタディとして「社会起業家のための商業道徳としての武士道」を研究中。
2015年
11月より
ユニバーサルピース株式会社の教育事業として、「世界を和する人材の育成」を目標に偉人達を輩出した教育方法を融合させた私塾「Social Producer School 志縁社」を創設。

おもい

生まれ

私は、スサノオノミコトの終焉地と言われる出雲の須佐という地で育ちました。そして、須佐小学校という学校に通っておりましたが、何故か自然と、「戦争を無くしたい」という想いが芽生えました。キリスト教徒ではありませんが、人生で最初に読んだ本が「キリスト」だった事も原因だったのかもしれません。

中学から意識した戦争と平和

その後、中学高校も戦争や平和について考えたり、歴史や哲学の本を読んだり、「平和について」という題で弁論大会にも出たりしました。丁度高校3年生頃に、地球環境問題が顕在化し始め、様々な本を読んだ結果、地球の将来に危機感を覚え、同志社大学経済学部へ入学して、戦争と環境と経済の関係を研究しました。

戦争と無力感

幼稚園で環境教育をしたり、様々な環境活動にも参加しましたが、戦争が一度起こればその努力が全て水の泡になるのではないかと無力感を感じました。戦闘機が一時間飛べば、一人の一生分の二酸化炭素が出る等、戦争や軍事活動は一切、地球環境を意識しません。人間が犯す最も環境を破壊する行いが戦争なのではないかと思い、環境問題を考える上でも改めて戦争を何とか無くしたいという想いが強くなりました。

偶然の出会い、そしてイギリスへ

大学の本屋で偶然、イギリスのブラッドフォード大学という大学に、「平和学」という学問を教えている平和学部があるという事を知り、大学卒業後はすぐイギリスに行き、平和学部の大学院に入って「国際連合の限界と世界連邦の可能性」について研究しました。戦争や環境問題、貧困問題を解決していくためには、無制限の主権を行使できる国家の集まりである国際連合ではなく、世界共通の法に基づき、国家ではなく一人一人の安全、自然や動物の安全を保障する組織が必要だと想い、EUや国連の創設を提唱したカレルギーやカントを始め、アインシュタインやチャーチル、ケネディ、稲盛和夫も提唱した世界連邦の可能性を研究しました。

大学院を卒業して

大学院卒業後は、国連やNGO等で働く事も考えました。しかし、元国連職員やNGO職員の話を聞くと、彼らの多くは国家の税金や助成金、個人からの募金に頼っており、そしてそれをいかに使い切るか、次年度により多くの予算を得るためにどう使うかという考え方が多く、とても非効率的だと思いました。南スーダンにも大量の資金が流れましたが、その8割近くは人件費だったとも言われています。

改めて進路を考えながら、世界の現状をもっと見ておこうと思い、イギリスからドイツに渡り、ヨーロッパ諸国、イタリアからギリシャに舟で渡り、陸路でトルコ、イラン、パキスタン、インド、ネパール、そしてヒマラヤ山脈を越えてチベットから上海まで旅をしました。

海外で日本を知る

その旅の道中、多くの貧しい若者や子供達に出会い、彼らが口々に「日本に憧れを持っている。」「明日の朝起きたら日本だったらいいのに。」と言われ、ほとんどの人が日本に対して好意と尊敬の念を持っていると肌で感じました。また、ヒマラヤ山脈を越える時、色々な国から来た人々がTOYOTAのジープ5台に乗り合わせ、道なき道を走ってチベットへ渡ったのですが、日本企業の車がこうやって世界各地から集まった人々を乗せて平和的に国を越えたという事実に単純に感動し、企業の可能性というものを感じました。

民間企業、そして商社へ

民間企業は、国連や政府、NGO等よりも効率性を追求し、無駄をなくして、社会に付加価値を提供しようと最大限努力します。また、大学時代からインドやウガンダでボランティア活動にも参加しましたが、ボランティアも経済的に脆弱で持続性が無く、影響力が小さい。そういう意味もあって、まずは経済的にも力があり、社会的にも影響力のある「企業」に勤めようと決めました。

そして、自分はこの日本という島に生まれたのだから、日本から何か世界平和のために始めたいと思い、日本の企業「商社」に入社しました。志願理由としては、世界的にもレベルの高い日本の環境技術を世界中に輸出すれば、石油や資源による戦争の数を少しでも抑える事が出来るのではないかという想いからでした。しかし、実際はドバイ等の湾岸諸国担当で、王族のプライベートアイランドに送電線を引っ張って欲しい等のプロジェクトが多く、自分の給料のほとんどがオイルから来ているのではないかと罪悪感に駆られました。3年間働き、そこで企業の可能性と限界というものを感じました。

商社退職後

退職後、ソーシャルビジネスという言葉に出会いました。社会貢献をしながら、利益をあげていくビジネスで、バングラデシュのグラミン銀行が様々なソーシャルビジネスを展開している事でノーベル平和賞を受賞しました。そこで、2か月間このグラミン銀行で研修を受け、様々なソーシャルビジネスを見ました。世の中には、「戦争ビジネス」という言葉があります。戦争をすればする程、儲かる軍需産業を主としたビジネスです。世界の軍需企業トップ10はそれぞれ売上が1兆円規模です。私はこの戦争ビジネスの対極に、平和ビジネスという好循環のモデルを創りたいと思いました。そこで、日本に帰国し、京都へ移住して、「戦争の無い平和な世界を創る」事を企業理念としたユニバーサルピース株式会社を立ち上げました。戦争は、貧困や環境など様々な要因が絡み合って発生します。そのため、一つの問題を解決したからといって戦争が無くなるわけではありません。戦争を無くすために様々な社会問題をビジネスという手法で解決を目指す総合商社のような会社にしたいという想いで、ユニバーサルピースという社名にしました。その最初の事業として何をやるか考えた結果、この士心を始めるという結論に至ったのです。

士心を始めた3つの理由

一つ目は、戦争の最初の原因であると言われる「食」であります。約6,000年前にイラン高原で砂漠化が起こり、遊牧民族が農耕民族の食糧を奪うために襲撃したことが戦争のはじまりとも言われます。現在、世界の人口が急激に増大している一方、砂漠化も進み、いずれは食糧不足に陥ると予測されています。そのような状況になれば、再び世界中で食料が原因で紛争や戦争が増大するのではないかと危惧しております。そんな世界の情勢にも関わらず、日本の食糧自給率は低く、食糧廃棄大国であります。世界中の食糧自給率が上がれば、未然に戦争を防ぐ事が出来るのではないかと思い、まずは日本の食糧自給率を上げるために飲食店というカテゴリーを選び、国産品を最大限使用して食糧廃棄を可能な限り減らす取り組みをしようと思いました。

二つ目の理由は、戦争を予防する力があると言われる「文化」であります。軍事力をハードパワーと言いますが、文化の力をソフトパワーと言います。これはハーバード大学のジョセフナイ教授が提唱した概念であります。その昔、京都は原爆投下の候補地として選ばれたことがありますが、アメリカの上層部が、もし京都に原爆を落としてしまったら、日本人はアメリカ人に大きな恨みを持ち、日本人のほとんどがテロリストになるのではないかと思い、京都は候補地から外したという説があります。これは京都が軍事武装されていかたら守られたのではなく、日本の文化がこれだけ京都に残っていたからこそ攻撃を受けなかったというソフトパワーの一例と言われます。私は47都道府県全て訪れた事がありますが、地方は限界集落や過疎化により、伝統的なお祭りや文化がどんどん絶滅していっております。日本は現在、憲法上、戦争を放棄しているのであれば、私は文化でこの国を守りたいと思いました。そこで、日本文化の中心地でもあり、学生や外国人旅行客も多い京都から日本中の伝統文化を発信する場を創りたいと思いました。そこで士心というお店を構えれば、文化を発信する場を創れると思ったのです。敷居の高い日本文化をもっと身近に楽しんでもらいたいと思い、士心はこれまで能やお茶、一日中日本文化が楽しめる「文化祭」等、様々なイベントを開催してきました。

三つ目の理由は、「武士道」であります。新渡戸稲造が英文で出版し、世界中でベストセラーになった「武士道」という本の中に、「武士道の究極の理想は平和である」という言葉があります。私が尊敬する山岡鉄舟は江戸の無血開城の立役者で、ものすごい剣の達人でしたが、生涯人を殺さず、自分も一切傷を負わなかったという伝説があります。彼は無刀流という流派も創り、明治天皇に最も信頼されていたと言われます。私にとっては彼が侍の理想像に近く、他にも勝海舟や坂本龍馬のように、むやみやたらに刀を抜かない事が美しいと感じます。侍の袴にある5本の折り目が「仁義礼智信」という5つの徳目であったり、当時の侍は無益な殺生をしない、女子供等の弱い者を殺さないという道徳を教え込まれていた存在でした。現在日本にはサムライはいなくなりました。しかし、それと同時に侍の精神まで失っていると思います。すぐ刀を抜き、弱い者をいじめたり殺したりする。侍はいなくなったけれども、侍の精神まで失ってはならないと想い、武士道の精神を日本の人々にもう一度思い出してもらい、海外の人々にも伝えていくために、士心では論語や武士道の勉強会等も開催しております。

わたくしには士心の夢があります。

それは士心を世界中に創る事であります。それには二つの理由があり、一つ目は東北地方等、地方の絶滅しつつある伝統文化や観光地、特産物等をもっと海外に発信し、今後少子高齢化で人口が減っていく日本にもっと海外からの旅行客を増やすきっかけを創る場にしたいと思っています。そして、日本に来る人々と共に人類共通の遺産として日本の文化を守っていきたいのです。二つ目の理由は、海外で創った士心に日本の若者を送り、現地の貧困問題や環境問題等の社会問題を共に考え協力していく拠点にしたいと思います。昔、日本の先人たちは世界各地で現地の問題の解決に尽力し、昔日本人にお世話になったと言う人々が沢山おります。そのような行いを現在の日本の若者も世界各地で行っていれば、将来の子孫たちに良い影響を与える事が出来るでしょう。そして、私の最終的な夢は、世界中にある士心を日本の若者や世界各地から来た若者達と共に士心のはしごをしながら世界一周の旅をする事です。私がユーラシア大陸を横断した時、「国境はない」、あるのは自然と人と文化だけであり、それがグラデーションのように変遷していく光景でした。全ては繋がっており、自分は~人である前に「地球人」なんだという意識を持つ事が世界の平和を実現するために必要だと思います。

うちらは日本人じゃ

幕末の当時、坂本龍馬は敵対する薩摩と長州に対して、「今は薩摩だ、長州だと言っている場合じゃない、うちらは日本人じゃ」と言ったように、現在の世界は「アメリカ人や中国人だと言っている場合じゃない、うちらは地球人だ」という意識を持つ必要があると思います。そういう意味で、士心を世界中に創り、人口が減って元気を失っていく日本にもっと海外から人々を招待して日本に恩返しをし、世界中の士心で現地の社会問題を解決して人々が地球人として繋がっていけば、日本も、世界も良くなっていくと思います。

日本はその昔、軍事大国であり、経済大国でしたが、これからは世界を繋げていく「和の大国」になれると思います。日本は、幕末で言えば土佐の役割を担い、敵対する国家を繋げ、国家間を越えた地球規模の問題を解決し、地球益を追求する地球政府を創る「地球維新」のリーダー的存在になれると信じています。

 

その礎のために、
私はユニバーサルピース株式会社を立ち上げ、
この士心を始めたのです。

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